団地の中から

人間の“場所”について考えるブログです

地元から出ない若者は増えていくと思う

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 数年前のインターネット界隈でにわかに「マイルドヤンキー」という造語が広まった。
ちゃんとした定義はウィキペディアに載っているけど、大まかにいうと「交友関係は中学・高校がメイン」、「地元を出ず地元の企業に就職する」「ずっと地元に暮らす」という特徴がある。

 

 この言葉を巡っては、幾つも論議が交わされていて、「東京」と「その他」の対立として語られることが多いし、あるいは「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」の対立の図式になることもある。

 僕はこの言葉の是非というか、その微妙に選民意識を匂わすような感覚はあまり好みじゃないのだけど、ただ「地元」を離れたくないという点に着目して言えば、「マイルドヤンキー」は今後増え続けていくだろうなと思っている。

 

日本の都市が近くなった

 昭和の時代に今のサラリーマン的働き方が整備され、時を経ていくうちに僕らは仕事の為に転居をするということが当然のようになっていった。
 昔は上京という言葉が特別だったのだと思う。たとえば大阪と東京の距離だったとしても、当時はお互いのリアルタイムを知る手立てもなく、どこか別の世界へと行ってしまうような重みがあったのだと思う。
 今でこそインターネットは顔を合わせた会話を可能にしてくれたし、新幹線はその物理的な距離を感じさせないくらい、都市間を瞬時に移動させてくれる。東京という街が地続きにこの先に存在しているということが本質的にわかってしまったのだ。もはや上京という言葉にドラマはないんじゃないかな、と思う。

 

どこにでもある街

 一方で地方にはTSUTAYAやブックオフやファミマが国道沿いに並ぶ。ときどき、こういった現状をファスト風土化と呼んで問題視することがある。巷の言説によれば、こういった都市の均一化により独自の風景が消えていくらしい。
 都市の均一化によって、どこにでもある街が日本中いたるところに拡大していった。どこの街へ行ってもローソン、サイゼリヤ、マクドナルド、丸亀製麺を見付けるのはたやすい。もちろん、温泉街や観光都市や風致地区(昔の景観を保存する地区)なんかは独自の建築物や街並みを残していたりするけど、日常的に僕らが過ごす街は、日本中どこにでもある風景だ。僕らは自由に街を移動できるようになり、街はどこも同じだということに気付くようになった。

ここにしかない街

 しかし、地元の街だけは違う。僕らは生まれ育っていくうちに、その地元の街に原風景を見出していくのだと思う。
田園の広がる土地で生まれ育った人の原風景は、風で重そうにゆっくりと揺れる稲穂かもしれない。都市部で生まれ育った人の原風景は母親の肩越しに見たビル群かもしれない。
 最近はUターン就職・転職の選択をする人が増えてきているのは、何も親世代のこと思ってだけではないと思う。無意識のうちに、原風景に近づいていくための選択を繰り返しているのではないかと思う。
 ただし原風景は、必ずしも好意的なニュアンスの言葉とは限らない。僕はどちらかというと「抗えないほど自分の中に残りこびりついた原体験」のつもりで使っている。原風景が人によっては苦しいものだったり、大切なものだったりするからこそ、地元を離れることを厭わない人と、離れたくない人がいるのだと思う。

 

グローバル化と原風景

 世界はまだまだグローバル化が進む。ブルーカラー、ホワイトカラーの他に、世界を股にかけるという意味でゴールドカラーという言葉まで生まれているらしい。
 だけどグローバル化が進んでいくにつれて、僕らはどこの街も本質的に同じだということを突き付けられる。
 タイや台湾の熱気に包まれたようなガチャガチャした街並みも、イタリアの石積みで統一感のある街並みも、それは自分にとってはどこか後天的な存在だということをどこかで感じてしまう。世界がフラットになり、どこへでもアクセスできるようになっていくほど、原風景が色濃く際立ってくるのだ。